「しっかし何でああ、いっつも愛想なしなのかね」
 舞台の出演者、スタッフ等関係者各位に配布された弁当を突付きながら、いまだ憤慨を抑えられぬ様子で史河はぼやいた。
 その周囲には妹の綾葉、幼なじみの貴宮のいつもの二人と、今回のイベントで知り合ったジュラル=ガルフィーンやルフィア=エアシード達、異界のパーティーが同様に昼食をとっている。
「あれが今後、この国の将来を支えていくであろう、軍の幹部候補だなんて、ちょっと人事担当者の慧眼に疑問を感じるね」
 鼻息も荒く、ウィンナーにパクついた。
「シード君が愛想無しなのは、史河に対してだけでしょ?ねぇ貴宮先輩」
「そうねぇ。私達にはむしろ違和感を覚えるほど、すごく紳士的だし」
 妹と幼なじみのコメントに、史河は大仰に溜息をついて肩をすくませた。
「そうですそうですその通り!わかってますよ、嫌われているのは僕だけだって!」
「……それで、結局追い返されてテルゼ君を誘えなかったのか」
「あーあ!貴重な逢瀬を楽しみにしてたのに!不甲斐ないわねぇ」
 その場の最年長者でまとめ役となっている黒髪の青年──ジュラルが気の毒そうに言うと、その横に座っている金髪の美女──今回の合同昼食の発案者であるタイタニーが形の良い唇を尖らせて、あからさまな不満をぶつけてきた。
「……そう言われても、貴女ならいざ知らず、ほとんど〈人の姿をした核兵器〉のような相手に、一般人の僕にどう立ち向かえと……」
 無理難題を簡単に言ってくれる部外者に、史河が汗ジトで答えた時、
「まぁまぁタニィ。アイツ等にとっても今日は〈貴重な逢瀬〉なんだ。赦してやってくれや」
 その場に突如割り込んできた飄々とした声に、一同が振り返ると、そこにはそれこそ問題のシード以上に公人らしからぬ男──エリフォンが、同じく〈魔皇〉である〈医聖〉ことイグナツを従えてやって来ていた。

「よっ。せっかくだから俺達も混ぜてくれよ」
 特例のテルゼはともかく、本来物質を介するエネルギーの補給など必要ない〈天魔〉の王達である。それがどこで奪ってきたのか、小脇に史河達と同じ包みを抱えていたりする。
 普通では考えられないのであるが、彼等を筆頭に、神とも言われる十二柱の面々は非常に人間臭く、俗っぽい一面があった。
「……しかし何でまた、こんなにお約束で貧乏臭いものを用意したんでしょうね……町内会の体育祭じゃあるまいし。責任者は誰ですか?」
 傍らで右手に下げたビニール袋の中身を見てぶつくさ言っている、アッシュブロンドの美男子に、
「多分このセンス……テル坊主しか考えられないと思うが」
 エリフォンが呟くと、
「ふむ。堅実なあの子らしいですね。公金を無駄にしない心構え。実に天晴れです」
 途端、態度を豹変させ、神妙に頷くイグナツ。彼の〈東宮〉に対する並々ならぬ思い入れは有名で、一部何やら如何わしげな噂と共に、国内に留まらず知れ渡っている。
「そうそう、エリフォンさんがシード君の直属の上司に当たるんですよね。テルゼはシード君に甘い感じだし……何とか言ってやって下さいよ」
「よっこらせ」などと言いつつ、隣に腰を下ろした国軍の最高責任者たる〈護戦神〉に、史河はさっそく、先刻感じた憤りを漏らした。
「そうは言ってもなぁ……公的な場面ならともかく、俺は部下のプライベートにまで口出しする主義じゃねえんだよ。
 ましてや子供同士の意地の張り合いじゃあなぁ……適当にじゃれ合っとけ」
「そんなたかが『じゃれ合い』で命を失いたくはないんですが……」
 あくまでも真面目に取り合ってくれない相手に、史河は陰鬱な声でツッ込んだ。
「大丈夫だよ。クアサール卿だってその辺は心得ているはずだし……ああ見えて彼、気の優しい子だから。僕等の中でも人一倍、人間に理解のある事で名の知れた〈天魔〉なんだよ?」
 やはりのんびりとしたイグナツの発言に、
「とてもとても信じられませんが」
 そう答えるしかない史河。出会い頭に攻撃魔法をぶっ放され続ければ、当然の反応と言えよう。

「しかし何と言っても、彼はセイクリッドが今まで唯一、自分の下に置いた家臣だからね……」

「……ちょっと待ってください」
 さりげなくイグナツの唇から滑り出した一言に、史河は思わず立ち上がった。
「シード君がテルゼの部下!?初耳ですよ、それ!」
 周囲の注目が集まるのも構わず、声のトーンを上げる史河。
「あれ?今まで言ってなかったか?」
「聞いてません」
「確かに……お兄様もただ〈友達〉としか言ってなかったわよね」
「テルゼの奴……上手くすっとぼけて責任逃れを……」
 史河の怒りの矛先がテルゼへ向かいそうになっているのを察して、イグナツが慌てて付け加える。
「ああ、でもあくまで〈元〉部下だから。クアサール卿がエリフォン兄さまの部下なのも、あの子の下に従者の一人も着いていないのも事実だよ。
 ちょうど君たちがあの子と出会った、三年前からね」
「三年前……」

「ふうん……でも考えてみれば不思議な話よね」
 
 史河と〈魔皇〉達のやりとりを冷静に見守っていた貴宮が、長らく感じていた違和感に対する答えを得て、口を開いた。
「どういう事情があるのか知らないけど、これだけの大国の皇子様が、騎士の一人も従えていないなんて」
「ま、色々とな。事情があるんだよ」
 らしくもなく、どこか歯切れの悪いエリフォンに、貴宮は容赦なく、現在に到る全ての始まりである、最大の疑問を投げかけた。

「ねえ、エリィ君。
……そもそもテルゼ君はなぜ、三年前、こちらに派遣される事になったのかしら?」
 
 異界のパーティーを含めた、その場にいる全員の視線がエリフォンへと集中した。
 そこでエリフォンは向かいに座る義弟へと視線を滑らせる。その目配せを受けて、イグナツはただ軽く首を振っただけだ。
「あいつ自身が言っていないのなら、尚の事、俺達がここでベラベラしゃべるわけにはいかないな。
 それに実際のところ、俺達も間接的な報告を受けただけで、真実の程はわからないんだ。多分、全てを知っているのは、勅令を下したダレフ兄貴とそれを受けたテル坊主本人、あとはシードの野郎だけなんじゃないかな」
「…………」

「はいはい!とりあえずこの話題はもうお終い!君達もうすぐリハーサルだろ?箸を止めてないで、早く食べないと、時間がなくなるよ?」
 重くなった空気を打ち破るように、手を叩いて注目を集めたイグナツの声に一同が時計に目を向けると、既に待機時間は残りわずかになっていた。
 我に返った客人達が、慌しく弁当の残りをかきこんだり、身支度を始めようとする中、エリフォンとイグナツはその端正な顔を見合わせると、人知れず小さな溜息をついたのだった。