「でもわざわざこちらへ足を運んで下さらなくてもよろしかったのに……」 「少しでもあの刺々しい空間の近くにいたくなかったんだよ」 テルゼは宮殿の高い天井を見上げつつ、素朴な疑問を口にする。 (そしてまた性懲りもなく無駄遣いをしてくれて……立て替える僕の身にもなって欲しいんですけどね……) この調子では、例の写真集代の回収も当分先の話になるな……と密かに嘆息する。 現在、二人がいるのは、ダレンフィムの住まう居城たる〈世界の頂〉の空中回廊である。この宮はその名が示すごとく、常に地上から遠く離れた空中に浮かんで静止している。外観はいわゆる城や宮殿の類にはとても見えない完全な球状で、窓も出入り口さえもなく、一面は滑らかで、まるで巨大な水晶球のようである。それが複数個、惑星系のように連なっているのだ。 随分と大仰で、不便な構造物に思えるが、外部との連絡は転移装置を使えばいっこうに問題にはならず、この人外の超技術を結集した大宮殿には、常時千単位の数の臣民がその職務の為に出入りを繰り返している。 しかし、こうして二人が歩いているエリアはすれ違う者も無く、廃墟のような静寂に包まれていた。 宮殿最深部の〈聖域〉──魔皇の私空間である〈禁闕〉にはごく限られた者しか足を踏み入れる事は出来ないのだ。 別にこれは特に『許されていない』わけではない。純粋な意味で『出来ない』のである。 亜空間に位置する〈禁闕〉へ渡る事を可能とする空間転移を自在に操れる者は、官位を極めた高位の法術士ですら少ない。ここのエリア一帯には一般来客用の転移装置の類は一切設けられていないのである。 「そんなに嫌ならご自分の宮殿へ戻っていればよろしかったではないですか」 「宰相のオッサンに泣きつかれるのは御免だ」 「……真面目に仕事してあげなさいよ……兄さん……」 テルゼは気の毒な忠臣に、心の中でエールを送った。 「さてと……着いちまったか。 う〜、嫌だなぁ……上手くやってくれよ、テル坊主」 苦い物でも食べさせられたような顔をしたエリフォンが、テルゼの背中を押す。 「兄さんもですよ。シャキッとして下さい」 二人揃って深呼吸した後、大きくさらなる一歩を踏み出す。 一歩進んだその先には、いつの間にか立派な扉……というよりは〈門〉と言った方がしっくりくるであろう、彼の王の居室の前であった。 「──失礼します」 既に二人がやって来た事など、探知能力に長けた宮殿の主にとっては、名乗りをあげるまでもなく明白であろうが、テルゼは一応、礼儀としてノックをしてから〈扉〉を開けた。 「どうした?お前の方からここへ来るなんて珍しいな」 微笑を浮けべて実の息子である〈東宮〉を迎えるダレンフィムの様子は、特にいつもと変わった部分は見受けられず、周囲の〈気〉も安定している。 テルゼはやや拍子抜けして、彼の一歩後ろでなおも不安げでいるエリフォンに、 「……何が〈世界の危機〉ですか?」 人騒がせな、と言わんばかりの咎めるような視線を送った。 「まあ、よい。元気そうで何よりだ。向こうでは上手くいっているか?」 立ち上がり、歩み寄ってくる父親はむしろ上機嫌と言っても良かった。テルゼも微笑み返しながら、 「ええ。上も御機嫌がよろしいようで。 こちらへ参内する途中、エリフォン兄さんから上と伯父様が絶交したと聞いていたものですから、どんなに──」 全てを言い終わらないうちに、テルゼの動きは停止した。エリフォンも後ろで硬直しているのが気配で分かる。 コンマ一秒の間に、周囲の空気が一変したからである。 一瞬前までの穏やかな空気が、肌を刺すような殺気で満ちた瘴気で一杯になり、空間全体が「みしり」と悲鳴を上げたかのようだった。 ……この状況の元凶たる、人の姿を借りた神威は、無明の闇を背負ったまま、二人を無表情で睨んでいた。 「どうやら、感情波を大きく乱す韻音律をとらえてしまったようだ……」 ぴくぴくとひきつっているこめかみのあたりを指で押さえながら、ダレンフィムがごく低い声を漏らす。 その豹変ぶりに背中に嫌な汗をかきつつも、テルゼは会話を何とか続けようと努力した。 「その韻音律って……伯父様の……」 ずももももももッ! 「ひぃ〜!」 「あわわわわわっ!すっ!すいませんっ!」 空間の圧力が更に増したのが、答えの代わりであった。 蒼白い顔をして後ずさる二人に、 「あれは最早兄でも何でもない……私の前でレイグリフの話題は避けてもらえるか……?この上なく不愉快だ……」 この時、ようやくテルゼはエリフォンの話が真実に相違ないという事態を認めた。 「で……でも……会議やら何やらで必ず伯父……〈法皇〉陛下とは、お顔を合わせなくてはなりませんし……世界の要である御二人が仲違いしたままでは、執務に著しく支障をきたします。 ここは、国家全体の利益を考慮して頂き、和解願えないでしょうか?」 萎縮しながらも、テルゼは最もな理由を挙げて、父王を説得しようと試みた。 元来、理性的で合理主義な彼なら納得するはずだ。まったく、子供ではないのだから── 「執務に支障をきたすだと……? ふっ、笑止だな。 私はあれがいようといまいと、いっこうに構わない。 あれの方が困る事はあるかもしれんがな」 最も近しい部下でもある〈東宮〉の進言を冷やかに一蹴すると、ダレンフィムはもう、何も話したくはないという風に、二人に背を向け、押し黙ってしまった。 テルゼは助けを求めてエリフォンの方へ振り返ったが、エリフォンの方も「もはやお手上げ」といったジェスチャーをするばかりであった。 テルゼは深々と溜息をつき、 「……わかりました。上がそうおっしゃるのなら、『部下』である僕が意見する資格はありません。 ですが、僕『個人』としては、御二人が背を向け合っている様子は、見ていて辛いです」 ダレンフィムは答えない。 (出て行った方が良さそう……だな) エリフォンはテルゼの肩を叩くと、反対の手で〈扉〉の方を指し示した。そして、部屋を出る直前、一言、 「俺が言うのもなんだがよ……大人気ないぜ、二人とも。 あんまし〈東宮〉に心配かけさせるようなマネをするなや」 こう言い残し、ダレンフィムの任意空間から消えていった。 「………………」 独り取り残された蒼銀の魔皇は、相変わらず〈扉〉に背を向けたまま、虚空の一点を見つめ続けていた。 「そんな事……言われなくともわかっている……わかっているんだ」 ダレンフィムは己の左肩にそっと右手をかけると、祈るように瞳を閉じた。 同じ頃。地下都市の中心部に壮麗な構えを誇る〈法皇〉の御所では、ヴァイオリンの美しい音色が、風にのって宮殿中に響き渡っていた。 耳にする者の魂を揺さぶる見事な演奏は、他ならぬこの宮殿の主たる〈法皇〉レイグリフの手によるものだ。 彼は〈魔皇〉の中でも、とりわけ芸術に理解があり、その保護に努めている。また自らも卓越した技術を持ち、特にこのヴァイオリンに関しては、当代の名音楽家をしても、感嘆し、ただ圧倒されるばかりという程であった。 こうして独り、楽曲に集中している時が、レイグリフの最も満ち足りた、心休まる一時であった。 しかし、今日のレイグリフはそれでもなお、内に燻る苛立ちを消す事が出来ずにいた。 激しい調子のメロディが彼の心理状態の乱れをよく物語っている。 「─────!」 酷使の末、限界を超えた弦の一本が弾け切れた。演奏はやむなく中断される。 「E線か……よく使うからな……」 別段、何の感慨もなく、レイグリフは切れた弦を見て言う。よくある日常の一コマであった。演奏出来る状態に戻す事など、彼にとって造作もない。 しかし、今日のレイグリフは、何故かすぐに復元用の術を行使しようとはせず、壊れたままのヴァイオリンをじっと見つめたまま、呟くのだった。 「……もう少し……もう少しだけ長くお前と一緒に過ごせたならば……私もあの感情を理解する事が出来たであろうか……ターナ……」 彼の端正な顔は、普段の近寄り難い厳しさは影を潜め、ただ、苦渋に満ちていた。 「申し訳ございませんが……陛下より、御前には誰も通さぬように、との宣旨が出ております故に、殿下と言えど、お通しする事は出来ません」 結局、ダレンフィムの説得を諦めた二人は、地下都市群に在るレイグリフのもとへ足を運んでみたものの、こちらは面会さえ出来ない始末であった。 レイグリフの守護都市はダレンフィムが守護する近代的かつ幾何学的なそれとは異なり、十八世紀から二十世紀初頭のヨーロッパの町並みを思い起こさせる、雰囲気のある造りをしていた。宮殿の方も、装飾性といったものとは無縁な〈世界の頂〉とは対照的に、ヴェルサイユ宮やサン=スーシ宮のように豪華で威風堂々とした、いかにも王宮然としている建築だった。冥王の御膝元という事で、治安も高く、〈最も美しく安全な都〉として、世界に知られている。 それはさておき、そんな誉れも高い〈法皇〉の直属の部下である〈冥王次官〉を呼び出して、伯父へと取り次いでくれるよう頼んだところ、返ってきた答えがこれであった。 「そこを何とかならないか?どうしても会ってお話ししなければならない事が……」 「なりませぬ」 「………………」 テルゼ達の目的を知ってか知らずか、にべもない。 実力行使で強行突破しようとすれば出来なくもないが、どうせ肝心の話を当人に聞いてもらえないのであれば、無駄な破壊行為である。 テルゼは仕方なく、ここでも引き下がるしかなかった。 「ま、こうなったら、なるようにしかならねぇ!しばらく様子を見よう!」 〈世界の頂〉にあるテルゼの執務室に戻り、お茶をしながら今後の相談をしていた二人の至った結論は、ごく無難なものだった。 「また……面倒な事にならなければいいんですけどね……」 モカブレンドをすすりながら、テルゼが拭い切れない不安を表情にのせた顔で言う。最近どうもカフェインを摂取し過ぎているような気がする。加えて今回の一件を含め、心労で胃に穴が開く日も遠くなさそうだと、どこか他人のような冷めた気分でテルゼは思った。 そんな甥に、エリフォンはボリボリと茶う受けに出されたヨックモックのクッキーを遠慮なく頬張りながら、 「おいおい、そんな『明日にでも世界は滅びる』みたいな顔をするなよ。大丈夫だって!兄貴達も頭が少し冷えれば、すぐ元に戻るさ。少しは親を信じてやれよ」 少し前までの緊張感はどこへやら。すっかりお気楽で軽薄そのものな、普段の彼に戻っているのだった。 テルゼは呆れて、そんな彼の様子を観察していたのだが、 (そういう自分が一番動揺していたくせに……よく言うよ……) しっかり心で冷静なツッコミを入れる一方、確かに彼の言う事は最もだろうと考え、下手に刺激するより、自然に和解出来る事を祈り、見守る事を選択したのだった。 ……だが皮肉にも、すぐに問題は発生した。 事件の翌日。早速ダレンフィムとレイグリフが顔を合わせる機会が訪れた。定期的に開催される人間の世界で言うところの〈首脳会議〉という奴である。 エリフォンは勿論の事、〈親王〉時代から国政の要職を歴任するテルゼも会場へとやって来ていた。 会場はそれぞれの魔皇の宮殿を交代で使っているが、今回の会場は外空都市群の代表都市に存在するイグナツ=ハーゼル=アフラロイドの宮殿であった。 〈宮殿〉……と言っても、それは新宿都庁舎もかくやといった超高層ビルディングである。どうも町並みや居城は守護者の好みが多分に反映される傾向にあるらしい。 「よりにもよって普通の人間が一番多く居住している場所が今回の会場なんて……」 聖都本星の重力均衡宙域に点在する外空都市群は、地球風で言うところのスペースコロニーの集合体だ。市民の多くは渡来の科学技術者達で、総人口の殆どは魔術師でもない、ごくごく普通の人間が占める。〈天魔〉同士がドンパチをやらかすなど、この不安定な環境下ではもっての外である。 「ああ、何も起こりませんように……一千万市民の為にもどうか……」 テルゼが一人いずこかへ祈りを捧げていると、 「セイクリッド!二週間と三十二時間四十六分十八秒ぶりだね。 元気だったかい?」 明灰色の礼服に白いケープという特徴的な出で立ちの男性が、にこやかな微笑みながら、彼に声をかけてきた。 華奢な身体と優しい面立ちのせいで、どことなく幼い印象を見る者に与える青年である。身長も小柄とまではいかないが、テルゼより若干低い。アッシュ・ブロンドの髪を綺麗に整えた、どちらかというと異性の保護欲をそそるタイプの美男子だ。 彼こそが本日の会場提供者であり、〈医聖〉と称えられて名高い魔皇が一柱、イグナツ=ハーゼル=アフラロイドその人である。 「これはイグナツ兄さん。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。お久しぶりです」 顔を上げると一礼したテルゼの顔を一目見た途端、イグナツは特徴的な琥珀色の瞳を曇らせた。 「顔色が良くないな……大丈夫かい? 君はすぐに無理をするからね。 ──そうだ、久しぶりに会えたついでに、僕が診てあげようか?」 「心配」という言葉とは裏腹に、妙に嬉々とした表情でイグナツ。 「いえ、ご心配なく。ちょっとばかり心労が出ているだけですから」 テルゼは丁重に彼の申し出を断ろうとしたが、 「心労を侮っちゃあいけないよ!積もりに積もって取り返しのきかない事になってからじゃあ遅いんだ!よし、僕が今晩、ストレスなんか一気に吹き飛ぶ、とっておきの〈治療〉を朝までたっぷりしてあげ──」 どかんっ! イグナツの後頭部に、エリフォンの上段蹴りが、鮮やかに決まった。 「失せろ変態よろず医者。下心がスケスケのミエミエなんだよ」 床でぴくぴくしているイグナツに、エリフォンは冷たく言い放つ。 「……相変わらず、必要以上にお元気そうですねぇ……エリィ兄様」 頭を抱えてふらつきながらも何とか立ち上がると、イグナツは、自分を蹴り倒した義理の兄へ、顔面神経痛を起こしているようにしか見えない、ひきつりまくった笑顔を向けた。 「いやー、そうでもねぇんだよ。俺も気苦労が絶えなくてさぁ。ほれ」 エリフォンが会場の入口の方へ振り返る。テルゼとイグナツも、追うようにそちらへと目を向けた。 「俺のデリケートなハートをチュクチュクさせる元凶がやって来たぜ」 そこではレイグリフとダレンフィムの二人が、無言で対峙していた。 二人の周囲の空間だけ、切り離されたかのような静寂が支配している。 「ほう……てっきり私は、フリをこいて会議をすっぽかすものだと思っていたよ……総帥殿」 口火を切ったのはレイグリフである。ダレンフィムは激情の炎を深く静かに宿す瞳をすぅっと細めて、 「私は生憎、貴公のような幼稚な考えは持ち合わせていないのでね。皆に迷惑をかけるような真似はせんよ、法皇殿」 よそよそしく、刺々しい会話は、十分テルゼやエリフォン達にとっては迷惑であったが、二人は全く気がついていない様子である。 「おやおや……どうしたんですか?あの二人。 いやに殺気立っていませんか?」 その様子を見たイグナツが、心底不思議そうな顔で、テルゼ達に尋ねた。 「ええ……ちょっと今、歯車がかみ合っていなくて……」 「ウン年ぶりの兄弟ゲンカの真っ最中なんだよ」 「ふぅん……なかなか面白そうですね」 「「おもしろくもなんともないっ!」」 呑気なイグナツの感想に、エリフォンとテルゼの声が見事にハモった。そんな場違いな二人の声に反応して、周囲の関係者が一斉にこちらへ視線を向けたが、レイグリフとダレンフィムの二人だけは、引き続き自分達だけの世界に没入していた。 「幼稚だと?フン、どちらが幼稚なんだか。頭に血が昇るとすぐに手を上げるような者にだけは言われたくない台詞だな」 言われてダレンフィムが言葉に詰まる。レイグリフがいよいよ余裕の表情で畳み掛ける。 「どうした?くやしかったら何か言ってみたらどうだ?私を圧倒してみろ、ダレンフィム」 エリフォンとテルゼは今にもダレンフィムが怒りを爆発させないかとヒヤヒヤしながら事の成り行きを見守っていた。 「あ〜っ!もう!なんでこう、挑発するような台詞ばっかり言うんだよ〜っ!あの生え際の危ういオッサンは!」 レイグリフが聞いていたら、即座に怒りの矛先を変更しかねない内容を思わず口走るエリフォン。 「一千万市民の命が〜っ!」 「大丈夫だって。僕らがいれば」 イグナツは落ち着いたものである。と、その時、ダレンフィムが口を開いた。エリフォンとテルゼが「びくり」と反応する。 「……弟に出し抜かれてばかりの成長のない頭では、その程度の事しか言えないようだな。 今の台詞、昨日も聞いたぞ?三十一ターン目にな。 よくもまぁ、この貧しいボキャブラリーで人の上に立てるものだ。ルックスに頼ってばかりいると、いずれ臣民に見放されるぞ?」 レイグリフの柳眉が超急角度で跳ね上がった。エリフォンとテルゼは、頭を抱えてのた打ち回る。 二人の只ならぬ険悪な雰囲気に、さすがに気づいたのか、周囲が次第にざわつき始めた。 ダレンフィムもここで我に返ったのか、レイグリフの言葉を待たずに、さっさと自分の席の方へと去ってしまった。レイグリフはしばし、ダレンフィムの背中を無言で睨んでいたが、やがて己の席に着く。テルゼとエリフォン両名は、ひとまず胸を撫で下ろした。 しかし──この会議の内容はといえば、散々なものだった。 ダレンフィムは〈首座魔皇〉……事実上の〈世界元首〉であり、レイグリフは十二柱の中でもそれに次ぐ発言権を持つ〈法皇〉と、それぞれ重要かつ、特殊なポストに就いている為、ものを決めようにも、この二人のどちらかが反対すれば、結果的に採決が取れない。細かい所では、情報資料がお互いに回ってこないなど、陰湿な妨害工作が延々と続き、おかげで会議は通常の三倍の時間を費やした頃、ようやく終了した。 「こ……こんなんが一ヵ月も続いたら、俺達は殺されてしまう……」 だらしなく長椅子に長身を預けて、エリフォンは疲れ切った声を上げた。その横でテルゼも無言で頷く。ただイグナツだけは、どうにも納得がいかないような顔をして、 「どうせなら……ドカーンと一発派手にやっちゃえばいいのになぁ……」 などと、物騒な事を言う。 「てめぇ……他人事だと思ってぬけぬけと……あの二人の間で板挟みになっている俺の気にもなってもやがれ!」 「兄様は普段何の苦労もしていないんですから、たまにはこういう経験をした方がいいんですよ」 イグナツは腹立たしいほど涼しい顔でエリフォンをあしらう。エリフォンはむっとしたが、尚も意に介する事はなく、 「ダレフ兄様とリフ兄様もそうです。全然素直じゃないんですから。 お互い腹の内を洗いざらいぶちまけちゃった方が楽になれますよ、きっと。 ──それに。あの二人が決闘するところって見てみたいと思いません?伝説にもなった〈最強〉の魔皇と〈無敵〉の魔皇──こんなに見所のある好カード、他にはそうありませんよ?」 楽しそうなイグナツとは対照的に、エリフォンはさもつまらなそうに、 「そんなもん……勝負にも何もなりゃしねーよ。 今のダレフ兄貴とリフ兄貴がタイマン張ったところで、九九.九パーセント、ダレフ兄貴は勝てねぇだろうな。リフ兄貴に封印された閉鎖空間ごと爆砕されてジ・エンドさ──『あれ』の前だったら話は別だろうけどよ」 言いながら、エリフォンは依然垣間見たダレンフィムの左肩の傷が脳裏を過ぎった。 「俺やお前相手ならともかく、リフ兄貴に至っては、虎の子の〈全知〉も通用しない。 丸腰で向っていくも同然さ」 「だったら、どうして伯父様が上に勝てる確率は百パーセントではないんですか?」 二人の話に黙して耳を傾けていたテルゼが、静かに問いかける。エリフォンは笑って答えた。 「この世に〈絶対〉なんてもんはないからさ──俺もお前も、みんなどこか抜けているんだよ。 だから上手くやっていけるんだ。〈家族〉って奴はよ」 |