汚れるよりは死を

Pixiv にて「作者が一度、自分のキャラで読んでみたかった頭の悪いセルフ二次創作小説シリーズ」として発表した小説のうち、3作品目として発表したお話になります。

CPはジルアル(騎士(部下・年下)×騎士(上官・年上)。
心の中のキャッチフレーズは『事故から始まるノンケ二人のメンズラブ』

「本命嫁(女)のいるいい歳こいたスパダリイケメン同士が何かの拍子にBでLな関係に目覚めるのって美味しいよね……!」という作者の歪んだ嗜好が生んだ妄想話です。
(※エッセンス程度にモブ攻め要素もあります。注意)

同じ理想を追ってきた二人が迎える一つの結末。
『還り着く場所』本編がジルジャンルートとしたら、こちらはアルテュールルートの分岐的な雰囲気で楽しんで頂けたら嬉しいです。
BLもイケるよ!という方は、『続きを読む』からどうぞ。

 

■■■

 

──この胸を締め付けるような感情は一体何なのだろう。
抑えきれぬ呻きとも嘆きともつかぬ声と共に、熱に浮かされ、荒い呼吸を重ねながら、互いに命を貪り合う。

「アルテュール……」

掠れた声と共に耳朶へと舌が射し入れられる。
律儀な愛撫に苦笑したくなる。

愛してなどいない。
彼も自分も互いに想い人は別にいる。
──そのはずだった。

ただ、彼が自分にとって決して代えのきかない存在であった事もまた、紛れもない真実であった。
これまでも、これからも。

もし目指す理想にこの手が届かなかった時、遺志を託せるのはこの男しかいない──ずっとそう思っていた。
そして、彼にとっても利用するだけの価値がある自分であるのならば、ただ、それで良かった。
望むものはそれ以下でもそれ以上でもない。そんな関係。

だが。目の前の彼の存在を認め、求めるこの気持ちを愛と言うのであれば──そうなのかもしれない。

「……ジル」

湿り気を帯びた呼気と、濡れそぼり猛ったものが擦れ合う水音とが、未来を語るべきこの場所で卑猥な旋律を奏でている。
矜持をへし折られ、その響きをすっかり心地良いものだと刷り込まれた身体は、この降り注ぐ快楽の一片さえ逃がすまいと、男の存在を深く締め上げて、日も高いうちに行われている自堕落な行為に意識を没入させていく。

本来の職務を放り投げて、大の男が揃って何をしているのか。

突きあげられる度、腰の奥から湧き出してくる法悦に身体が震え、恥を感じる誇りすら歪んだ快感を覚える魂は、こうしている間にも悪魔の誘惑に蕩け落ちつつある。
だったらせめて、私が私であるうちに──

「ああ、そう哀しそうな顔をしないでくれ。
君は私の影なのだろう?
私が私を愛で慰めるのに何の問題がある?だから……」

──果たして、実のところ一体どちらが光でどちらが影であったのか。
気が付けば、傍らにいるのが当たり前になっていた。

君は私で、私は君。
互いに背負い、互いに分かち合い、かつて一人の少女が示した見果てぬ夢を追い求め、ひたすらに戦場を駆け抜けた。

理想という絆で結ばれた、我が魂の半身よ。
その道行の果てに、どうか幸多からんことを──

■■■

「……例の薬の話なのだが」

やってきた教皇庁からの使者に、白銀の貴公子は明日の天気の話でも振るかのようなごくさりげない口調で切り出した。

「君達の技術で何とか出来ないだろうか?
世俗のものより数世代進んでいる〈管理局〉の知識と、研究成果であれば──」
「恐れながら閣下」

席を外している友人の代行として、今も淡々と執務に勤しんでいる青年の指が止まる。

「私があえて説明せずとも……答えは聡明な軍人である貴方自身が一番御存知なのでは?」
「…………」

問いに対する応えはない。
使者の男は続ける。

「凶器に付与されていた魔術的な呪いの類であれば、解除する事は可能でしょう。
ただ、媒介物として体内に蓄積された薬物の完全な除去については……」

騎士の中の騎士、戦場の華と謳われた美貌は相変わらずの無表情。
ただ、卓上に置かれた指先が、小さく震えていた。

「あの手の薬物の最も性質の悪いところは、依存性や幻聴・催眠と言った大脳皮質の機能を低下させ、悪癖を刷り込ませるといった本来の効果以上に、人格や身体機能自体に深刻な爪痕を残すところにあります。
しかも、今回使われたのは、整った設備で生成されたしかるべきものではなく、地下で出回っているような粗悪品ときている。
……身体にかかる負担は通常より大きい」
「だが、私は……」
「……貴方は何分『特殊な体質』ですから。
薬物に対する依存性も、体内に影響が残る事もないでしょう。
ですがあの方は──」

ここにはいない『誰か』を指して、残酷に使者は告げる。

「──正直、今も公人として生活出来ているのが不思議な程です。
ただ伯爵が常人以上の胆力をお持ちでも、いずれ──」

「もう……どうにもならないのか」

苦悩が声帯を締め上げたような声が、端正な唇から漏れた。
しかし、ただ現実だけを伝える使者の声はあくまでも平坦だった。

「残念ですが……愛する女性に続き、大切な存在を二度も失う心中、お察し致します。
しかしながら、公益の為、どうか冷静で公平なご決断を──前・元帥閣下」

■■■

「お前達。何故ここに呼び出されたのか、分かっているな……?」

公職に就く貴族の為、宮廷の中に設けられた部屋の一室。
強面の傭兵隊長数名を前に、男は氷刃めいた視線でその場を一薙ぎした。

「私は確かに命じたはずだぞ?
進軍経路と占領地における掠奪行為は控えるようにと」

全身から漂う威圧感だけで、女子供が見たら泣き出しそうな大柄な男達に囲まれてなお、金髪の美丈夫の厳しい口調は衰えない。

白皙の麗貌に浮かぶ表情は険しく、群青色の瞳に閃く光は鋭い。
彫刻のように均整のとれた体躯に一部の隙なく纏った元帥の礼装も誇り高く、古強者共が放つ以上の獅子の気風でもって、いかにも不服そうな目でこちらを見やる配下達を律する。

「その為に、兵士達を養う為の給金は国庫から十分に──」

しかし。

メルランの予言にある常勝不敗の英雄王にすら例えられるこの国最高位の将軍から叱責を受けながら、男達の顔に浮かんだ奇妙な笑いは、不思議な事により深まった。

「……は?十分?あれで?
これはこれは、伯爵様、なんの御冗談を」

皮肉げな口調で傭兵隊長の一人が言う。

「それとも何ですか?
我々は正義に尽くす誇りだけで腹を膨らませろと?大元帥閣下?」
「いやぁ、我々は神の子のように石をパンに変える事は出来ませんからねぇ……困ったもんだ」
「だいたい、腹を膨らませる意外にも、人間には楽しみが必要だってこと、わかってますかい?」

肩をすくませ、ヘラヘラと笑いあう男達の様子に、国王から軍権を預かる美丈夫──王国元帥・リッシュモン伯アルテュールは柳眉を逆立てた。

「お前達。
何度言えば──」
「ああ、では足りない分は伯爵様が個人的に補って下さると。そういう事でよろしいですかな?」
「そりゃありがたい」
「だから──私の話を」
「ははは、元帥閣下もまったくお人が悪い」

ぴしゃりと額などを叩きつつ、傭兵特有の軽口を叩いていた男達であったが、

「………〈正義の人〉だか何だか知らねえが……気取ってるんじゃねえよ、雌豚が」
「な……っ」

受け応えた傭兵隊長の声が一段低くなり、場の空気が一変した。
刹那、踏み込んだ一人の手が荒々しくリッシュモンの顎を掴み上げ、それ以上の彼の抗弁を無理矢理中断させる。

「大層な綺麗事を語っているその口で、何人の聖職者様の逸物をしゃぶってきたんだ?ええ?」
「っ、く……ッ…うぐっ…かはッ……」

一人が動くと、他の男達も次々と伯爵の周囲を取り囲み、その青白くなった顔を覗き込む。

「アンタに付きまとってる噂、俺達が知らないとでも?」
「………………」

伯爵は答えない。答えられるはずもない。

「嘘か本当か知らないが、場末の娼館でアンタそっくりな男が買われているのを見た、っていう部下がいるんだよ」
「常識的に考えれば見間違えなんだろうが……とはいえ、こんな目立つ容姿のヤツ、そうそういないだろ?」
「ほら、大元帥閣下は随分と男前でいらっしゃるから」
「でもそんな御婦人方を虜にする涼しい顔をした男前が、実際は男色家で、あまつさえ誰彼かまわず足を開く色狂いときた」
「なんでも昼間も疼く身体を慰めるのに、でっかい張り型を尻の中に仕込んでるとか。
本当なのかな……?」
「うぁ…、よ…よせ……!」

背後に回った男が無造作に伯爵の腰を引き寄せ、尻たぶを掴むと、乱暴にこねくり回す。
更に引き締まった太腿を撫で上げると、そのまま不届きな手は股の間に──

「あァ、……や、やめろッ!」
「声色が変わったなあ?
ん?嬲られて興奮してきたのかよ変態。硬くなってきたじゃねえか」
「うぅ……」
「おお、耳まで赤くなっておりますよ、元帥閣下。
大の男がまるで年端のいかない乙女のようだ」

布越しに、ごつごつとした指が伯爵の恥部を何度も往復し、擦り上げる。
そこがますます火照り張りつめてじんわりと湿り気を帯びてきた気配に、男は息を呑んだ。

「おいおい……コイツ、冗談でなく本物なのか?」
「ぁあ、……うう……いっ……」
「はっ、すかした野郎が良いザマじゃねえか」
「……あああッ!」

尻たぶを揉んでいた手が、双丘の谷間へと喰い込む。
ぐいぐいと太い指が最も触れられたくない場所へと押し込まれてくる。
布越しとはいえ、刺激にひくひくと反応する不浄の口が、ますます男達の無礼な態度を煽り立てる。

「ほうほう。尻穴も随分な緩みっぷりですが、この胸の先がまた乳飲み子を抱えた女のように大振りで立派だと聞きましたが?」
「ぐ……ッ!」

軍服の上から胸を弄られ、抱えられた身体から抑えた悲鳴が上がる。

「あっ、あっ、ああァ……」

複数の男の手が、際どい箇所ばかりを攻め立ててくる。
威厳を示さなければいけない場面だというのに、伯爵の呼吸は嫌でも熱くなってきてしまう。

「……どこかな?どこかな?
さすがにこれは服の上からじゃわからねえなぁ」
「いっ……もう……もうやめっ……」
「そんな気色の悪い声を出すんじゃねえよ。俺達は別に野郎に興味はねえんだ」

ふいに。苛立った男の手が、隠しようもなく存在を主張し始めた伯爵の股間を一際強く握った。
遠慮のない手が上官の羞恥を煽るように、膨張し露わになった欲望の形をなぞるように揉み上げる。

「────っ!」

声にならない悲鳴と共に、羽交い絞めにされた長身が咢を上げて大きく仰け反り震え出し──布越しに興奮を弾けさせたのを見やって、男は呆れた。

「……ふん。
結局、噂は本当だって事か」

幻滅しきった複数の視線が、息も絶え絶えになりながら羞恥に身を焦がす美丈夫の全身に突き刺さった。

「あーあ、
流石に事実が事実として分かっちまうと萎えてくるな……一応、これでも俺達の総大将様だからな」

つい先程まで冷徹だった伯爵が示すあまりに顕著な反応を目の当たりにして、逆に興を削がれた男達は、熱の上がってきた貴人の身体を放り出す。

「……っは、は……くぅっ、う……」
「まあ、今日はこのぐらいにしておいてやるよ。
だが……あんまりまた煩いことを抜かしやがると、本気で犯してやるからな。この淫乱」

その場にへたり込んだまま、苦しげに肩で息を吐く美丈夫を見下ろして、冷たく言い放つ。

「聖女もいなくなって、元帥閣下も腑抜けのオカマときた。
もううちの軍も終いだな」

■■■

「う……」

男達が自らの許可を得ないまま勝手に退出して行くと、一人取り残されたリッシュモンは、何とか立ちあがろうと執務卓に手をかけた。
連中を正さなければ、己が恥をかく以上に、軍規が乱れ、取り掛かったばかりの改革が頓挫してしまう。

「くそ……」

力が上手く入らない。視界がふらついている。
自分はこんなに体力がなかったか?

やっと、全てを変える機会が巡ってきたというのに、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
進まなければ。自分がこの足で、この手で切り開いていかねば。
そうだ。こんなところで……こんな形で……終わるわけには──

すぐそばで、見ている者がいるのに。

「……アルテュール!
大丈夫ですか !? しっかりして下さい!」

結局あれから……立ちあがる事すら叶わないまま、どれだけ一人で床を見つめていたのだろう。
いや、実際それほど時間は経っていないのかもしれない。もやはそれすら今の自分には分からない。

呼びかける友の声に、床に膝を突き、呆然とした表情のまま、リッシュモンは顔を上げた。
目の前には龍殺しで知られる御使いの化身がごとき容姿を軍装に包んだ青年が一人。
自分を慕ってくれる、自分が認めた可愛い腹心の騎士。

身体が怠い。一度粗相をした下履きが濡れて気持ちが悪い。もう休みたい。
それでいて欲望の芯はどこか所在なさげに、忌々しくも何かを期待しては今もまだじくじくと疼いていた。

なんて卑しい──これが今の私か。

頭の中に薄く靄がかかったような、妙な浮遊感と高揚に身体全体が浮き立ち、一方で心は深い悔恨と絶望に包まれている。
身も心も混沌としていた。
こんな姿、本当は見せたくもないし、彼も見たくはないだろう。
だが……それでも。

今、この場に彼が駆けつけてくれたのが、自分には何より嬉しい。

「……ジル……君か」

現れた青年にかけた声は、安堵や愛しさがない交ぜになった感情とは裏腹に、抑揚もなく、掠れて低いものだった。

「一体何が……
いや、それよりも。立ちあがる事は出来ますか?私が手を貸した方がよろしいでしょうか?」
「……っ、
………………すまない」

再び俯き、消え入るような声で、男は呟いた。
その様子に、逆に駆けつけた男が苦しげに言葉を詰まらせる。
聡い青年の事だ。今の反応で自分の身に何が起こったのか、察したのかもしれない。

「無様だな、私は」
「アルテュール……」
「君はもう、後遺症から抜け出しているというのに……私ときたら……」

我が身の情けなさが、改めて身に染みる。

事の発端はもう三ヵ月以上も前の話だ。
貴族にとって不都合な改革を進める立場として、宮廷内でもとりわけ敵が多いリッシュモンは、複数の刺客によって襲われ、拉致された。

油断していたと、自分でも思う。
とはいえ、公爵家にも連なる自分に対して、あんな下卑た手段を使ってくる人間がいるとは流石に思っていなかったのだ。

どことも分からぬ廃屋に連れ込まれた伯爵は、薬を打たれ、男達に犯された。
それも一度だけに飽き足らず、そこから日を重ねて、手段を変えて何度も、何度も──
当然、その度、薬の量は追加されていった。
リッシュモンを彼等にとって、都合の良い人形へと作り替える為に。

最初は無論、彼の意志とは関係なく、無理矢理強いられ、冷酷な他人の指示の下、決行された薄汚い行為であった。
しかし、依存性の高い薬物の効果と呪いじみた催眠暗示によって、次第に彼は地獄の快楽を自分から求めるようになっていった。

あとはもう、泥沼に沈んでいくようだった。

薬と暗示の効果が切れれば、正気に戻ることは出来る。
だが、この身に一度刻み込まれた悪魔の法悦を忘れる事は出来ず、その記憶と禁断症状は常に彼を苛んだ。
そしてまた、欲求不満に疼く身体を慰めるために、罠だと分かっていながら、相手の思う壺だと分かっていながら、薬の力に頼った。
その繰り返し。

次第に周囲の自分を見る目がおかしくなっていく。
その視線すら壊れた精神は快感を覚え、日に日に恥の上塗りをしながら、なおも彼は官能に溺れていった。

それでも結果として恥をかくのが自分だけなら──迷惑を被るのが自分だけならまだ救われただろう。
しかし狂った伯爵はとうとうそれに飽き足らず、傍に居た友を巻き込んだのだ。

何故、あんな真似をしてしまったのだろう。
今でも自分で自分が分からない。

自分を貶めた者達に策を授け、自ら敵地へと友を──ジルを招き──彼を犯した。

「あ、あああ、アルテュール……っ、いやぁ、いやだぁあっ………!」

今もまだ彼の悲鳴が鼓膜にこびりついている。

ただ薬によってもたらされる快楽と、相似形を描くようにもたらされる魂の渇きに衝き動かされるまま、組み敷いた青年の身体に割入った。
畜生にも劣る悪辣さ。

しかもその瞬間。恐ろしい事に。
確かに自分は歓喜し、満たされていたのだ。大切な、代え難い存在をこの手で汚し、壊しながら。

まさかこれほど醜い感情が自分の中に眠っていたとは思わなかった。
薬によって理性が蒸発し、獣欲の塊になっていたとしても、友をあの場で欲した気持ち自体は──間違いなく彼自身の心に所以するものであったのだから。

「……貴方が気に病む事はありません。
このような扱いにはなれていますから」

巻き込まれた挙句、散々痴態を演じさせられたものの──常人離れした毒物に対する耐性を持つ青年は、いち早く薬物の効果から抜け出す事に成功した。
そして正気に戻った彼が一通りの後始末を済ませた後。
理性が蘇ったリッシュモンもまた心の底から友であるその男に詫びた。
しかし、友──ジルが彼を責める事は無かった。ただ静かに微笑んで言葉を口にして……それだけだった。

そして今も変わらず、彼は自分の傍に居る。

先刻のような口さがない噂話やこれに伴う行為で己の誇りが傷つけられる事があっても、それは自業自得というものだ。
しかし……友が何も言ってくれないのが、こうして何一つ不満も零さず自分に付き従っているのが、リッシュモンには心苦しかった。

おそらく……もう私は、君の役には立てないのに。

「私は『特別』です。
そもそも貴方の方が多く薬を盛られていた。影響が強く残るのは仕方がない。
全ては卑怯な連中と薬物のせいです。貴方が恥じる必要は何もない」

さあ、と。
一見細身ではあるが、力強い腕が差し伸べられる。
青年の動きに合わせて、長い髪が光を散らしながらさらさらと揺れた。

「もう忘れましょう。あの時のことは」

そうだな、その通りだ。
それが出来たらどれだけ楽だろう。

いくら恥じ入ったところで、純粋な生理現象として、一度火のついた官能の熱は収まらない。
煽られるだけ煽られて放置された淫蕩な身体は、一日千秋の思いで今も男を求めている。

それはいい。醜い罪の証はいくらでも背負おう。
だが、忘れられない。忘れる事など出来はしないのだ。
あの時、起こった事だけは……気付いてしまった己の中の理解し難い感情だけは──

差し伸べられた手に己の手を重ねると、リッシュモンは努めて冷静に友へと語りかけた。

「ジル……頼みがあるのだが」
「なんでしょう」
「その……私を……慰めてくれないか」

目の前の男の言う「慰める」という行為が、言葉によるものでないぐらいすぐに読み取る事は出来ただろう。
美貌に浮かぶ僅かな戸惑い。
今、自分がどれだけ物欲しげな顔で彼を見ているのか、鏡を見るまでもなく、うんざりするほど分かった。

「…………ここで、ですか」
「我慢できそうにないんだ……頼む」

なんとも複雑そうな……居た堪れない表情を浮かべる騎士の青年に、伯爵はどこか一抹の寂しさを覚えながら、ぎこちなくも艶めいた微笑みを向けた。

「すまない、無理を言った。
やはり……素面で……男を相手にするのは嫌かな?」
「…………」
「ましてや、小奇麗な少年でもない。自分より年上の男だ。
愛する女性を失ったばかりの君に、私がこんな事を頼むのは卑怯だと……分かってはいたのだが」
「アルテュール」

リッシュモンの手を握ったまま、第一の騎士であり友である青年が優雅な仕草で床へと膝を着く。

「貴方は美しいですよ。とても」
「な…………」

想像もしなかった彼の言葉に、顔を紅潮させ、口をぱくぱくさせている伯爵の手の甲に口付けて、青年が微笑む。

「あ、あまり年長者をからかわないでくれ……!
君は、自分がどういう顔をしているか分かっていて言っているのか?嫌味にしか聞こえないぞ !? 」
「貴方と私では容姿の方向性が違いますから」

腰まで白銀の滝のように流れ落ちる長髪に、中性的な美貌に収まった印象的な碧の瞳。
それこそ神話の中から抜け出てきたかのような浮世離れした容姿を持つ青年が、困ったような表情で言う。

「貴方こそ、自分の容姿は自覚しているのかと思っていました」
「いや……自覚はしているが……そろそろ峠も過ぎて……って、何を言わせ……」

柔らかい感触がリッシュモンの唇を塞ぎ、優しく言葉を奪った。

角度を変えながら啄ばむような口付けが振った後、舌先が丁寧に唇を撫で、中へと挿し入れられる。
頭部を支えるように、意外に男らしい大きな手が添えられて、深く口付けられた。

柔らかく張りのある青年の舌が咥内をゆっくりと味わうように舐った後、待ち望んだように互いの舌が絡みあう。
甘美な感触がもたらす多幸感に、官能の熱に蕩け落ちた声が伯爵の通った鼻筋から漏れた。

幻のように美しい騎士の青年が悪戯めいて笑う。

「……私でよければいくらでもお相手しましょう。アルテュール。
果たして、若輩の私が貴方を満足させる事が出来るかは分かりませんが、精一杯努力はさせて頂きます」

■■■

……ああ、この人の身体はこんなに小さかっただろうか、と。
駆け出しの騎士であった頃から目指すべき目標として憧れていた先人であり、今では無二の友となった男の身体を掻き抱きながら、ジルは思った。

実際のところ、リッシュモンは決して小柄……というわけではない。

上背も自分と同じ程度、身体の幅は貧弱な自分と比べれば適度に厚みがあり、よほど精悍に引き締まっている。
その存在自体、男が「こうありたい」と思う手本のような人である。
人生経験と共に余計な脂肪も溜めこみ始めている同年代の文官と比べれば、ずっと若々しい印象の伯爵だったが、涼しげな目元には隈が落ち、ここのところとみに老け込んだように思えた。

あの頃。追っていたこの人の背中は、途方も無く大きく広く見えていた。
でも今は──

夜もろくに眠れないと聞いていた。
知らないうちに正気を失うのが恐ろしいのだと。
次に目覚めた時、自分が自分でなくなっているのが──耐えられないのだと。

「このザマではとても妻には顔向けできない……第一、もう、まともに愛してやる事も出来ない」

愛妻家だったはずだ。
激務に追われる中、愛する人とのひと時の安らぎさえ、奪われてしまうとは。
愛する少女を理不尽な形で失った青年にとって、敬愛する誇り高い友人の苦悩は手に取るように理解でき、また同じ軍人として絶対的な存在であった男が日に日にやつれ、弱っていく様は身を切るように辛かった。

「ああ……ジル……とてもいい……」

秘所を掻き回す指を増やしてやると、腰を浮かせ、長身を震わせながら、満足そうな溜息をもらす。
官能が高まってくると、自然に男は青年に身を預け、惜しげもなく曝した肌を未だ隙なく軍装に身を包んだ青年に擦り付けてくる。
耳元にかかる熱い吐息がくすぐったかった。

下肢の茂みは先走りの滴にしっとりと濡れて艶を増し、また先程舐め、吸い上げてやったふっくらとした大粒の胸の尖りが、時折、身体が揺らめく度にてらてらと光るのが、何とも卑猥だった。

自らが絶大な権威を持って支配する男の執務室で、着衣を乱れさせた彼自身を抱くというのは、常の彼を尊敬している身としては、正直な所、非常に気まずく──良く言えばあまりにも刺激的、かつ背徳的な光景で、自分の課せられた役目にジルは内心眩暈がしてきそうだった。
しかしそれ故に、他の誰にもこの役目を譲るわけにはいかないと、改めて自分の気持ちを奮い立たせる。

「ふふ……さすがに器用だな……」

まだ余裕を感じさせる甘い声音で、リッシュモンが笑う。

「同じ男ですので。
経験上、異性よりも良い場所は分かります」
「……そうか……あの時はすまなかったな……
私は、君を……ッ……!」

ふいに中に託し込んだ指を折り曲げて、かき出すように媚肉を刺激すると、伯爵が息を詰めるのが分かった。
続けて見つけた良さそうな部分を執拗に擦ってやると、抱かれた男の声があられもない調子で上擦った。

「じっ……ジルッ……ウッ、ア、あぁッ!」
「同じことを何度も言わせないで下さい。貴方が気に病む必要は何もない」

こうして後ろに刺激を与えてやるだけで、前は触れずとも勢いを得て硬く張りつめて反り返り、引き締まった腹についてしまいそうだ。
今も先走りの滴をしとど零しながら、その身体が愉悦を得ている事を隠そうともしない。

薬物の作用で女のように愛液を滴らせるようになった本来排泄器官であるべき場所は、すっかり淫らに潤いを帯び濡れ解れて、簡単に男の長い指を受け入れ、その存在を恋い焦がれているとでも言うように、来訪者を柔らかく包み込むようにして締め付けてくる。
そして指がとりわけ敏感な箇所に当たると、熱い吐息と共に切なげな呻き声が漏れ、また深い刺激を強請るように腰が揺れた。

──酷い有り様だ。
あれほど誇り高かった人がこんな──

痛ましく感じても、不思議と気持ちが悪いとは思わなかった。

彼がこうなった責任の一端は守れなかった自分にもあるのだから。
男に敵が多い事は、十分理解していたはずなのに。

「全て私の身から出た錆だ。
奴らの言う通り、元々そういう才能があったんだろう……自分で自分に失望するがな」

──しかし、間に合わなかった自分を、男は責めなかった。
立場上、いくらでも青年を罵る事は出来たはずだった。突き放す事も簡単だった。だが、男はそれをしなかった。
ただ、自分が傍に居る事を黙して許した。

──黄昏時を迎えつつある太陽。

身も心も削り取られながら、それでも友は自らに与えられた高貴な役目を果し続けた。
軍を指揮し、外交交渉の為に有力者の下を駆け回り、街道を荒らす盗賊が出たと聞けば、討伐に向かう。
それこそ何人分もの仕事を一人で抱え、同時にこなしてきた。
影で、誰にも理解出来ない痛みを抱えながら。

──どれだけ伯爵が優れた方であっても。

先日、言葉を交わした教皇庁の使者の言葉がジルの脳裏に蘇る。

──常人以上の胆力をお持ちでも、いずれ──

──いずれ──それに続く言葉は考えたくもなかった。
こんなに──こんなにもまだこの人は生きて──懸命に活きているのに──

「やはり後ろの方が気持ちが良いですか……?」

指先はあくまでも目の前の身体を何度も滑り、男の身体を昇らせながら、青年は無防備な姿で己を乞う友へと優しく問う。

「ああ……正直、前で達してもあまり満足出来ないんだ。出来れば……使って欲しい」
「分かりました……少し、待って下さいね」

今はただ。友が恥を忍んで自分を頼ってくれているなら、何とか応えたい。
しかし、情けないかな。自分も愛する少女を失って以来、人から抱かれた事はあっても、抱いた事は無い。

男としての自分は彼女に捧げた──そのつもりで生きてきたし、またこれからも生きていくつもりだった。
だが──

「ん……ふぅ……んんっ……」

どのみち自分には依存性はないのだから、いっそ何か薬を使えれば良かったのだが……などと考えながら、前を寛げ、己の一部を扱く。
一時、誓いを破る事を許して欲しい──胸に眠る少女に請い祈りつつ。そして永遠に失われた柔肌の感触を思い浮かべながら、雄である事を思い出そうと試みる。

「ん……、どうかしましたか?アルテュール」

その様子をじっと友に見られているのに気付いて、ジルの頬が赤くなる。
人に見られながら自慰をするというのは、仕方がないとはいえ、やはり気まずい。

「あ、いや……改めてまじまじと見ると……君もよく知っている誰かさんが昔、『あの顔であの大きさはサギだ!』と言っていたのが思い出されてな……」
「……貴方にだけは言われたくありませんが?」
「え……?そ、そうか?
……その……まあ、まさか自分が入れられる立場になるとは思ってもみなかったから……」
「そもそも欲しいと言ったのは貴方ではありませんか」
「う……で、でも……」

何やらもごもご言い始めたリッシュモンの顔を面白くなさそうな顔でしばし見ていたジルであったが、

「……ああ、そうだ」
「え」

ふと、良い事を思いついたのか艶やかな笑みを美貌に咲かせると、己を着衣を肌蹴させる。筋肉は薄いが、しなやかさを感じさせる野生の豹のような肢体。
異教の神のような青年が、尊敬する友である男に覆いかぶさるようにして、長い足を絡めてくる。

「こうすれば、貴方も私も、共に快楽を得る事が出来ます……から……」

二人の下肢がぴったりと重なり合うと、本能を取り戻し始めた青年の雄の証が、リッシュモンの逞しい下肢にもったいぶるようにゆっくりと擦り付けられ──

「んっ…………アルテュール……」
「なっ、ぃ……あ……ああ……ッ!」

己の身体をリッシュモンへと添わせたジルが、彼の上で妖しく腰を揺らし始める。

官能に甘く蕩け落ちた互いの股間が、狂暴に主張する性欲の牙が重なり合い奏でる音が、耳から男達の興奮を煽る。
くちゅくちゅと、卑しい欲望が混ざり溶け合う粘着質の水音が、熟れ火照った二つの肉茎からとめどなく溢れ出す。
裏筋、二つの袋、そしてとめどなく先走りの露が滲み出している先端と、より強く快楽が導き出されるよう、熱く張りつめたそこには青年の手が添えられて、互いの敏感な部分を容赦なく擦り上げる。

「っ……はっ……ぬるぬるして……これは思っていたより……いいかも……」

腰の動きを速めながら、青年が眉根を寄せた恍惚の表情で呟く。
彼自身も興奮してきたのか、ねっとりとした愉悦の蜜を雄の芯から滲ませて、淫靡な舞踏に興じている。

「ちょ……いっ……なんだこれ……っ!ひっ、じ、ジルッ……ジル……ッ!」

一方的に女の変わりとして嬲られてきた身では味わった事のない、また女を抱いた時とも違う不思議な感覚が襲ってくる。
擦れ合う粘膜を起点に沸き起こった未知の快感に、リッシュモンは動揺を隠せない。

男同士が積極的に互いの逸物を使って淫悦を引き出しあっている。しかもそれをしているのは自分より十も年下の青年なのだと。その事実を認識するに従って、腰の奥から痺れるような快感、やるせない疼きが増していき、気高き美丈夫を悩乱させる。

「はっ……はっ、はっ……んっ、くっ……」

ジルの血の気の少ない白い肌にほんのりと朱がさし、額にはわずかに汗が浮き始めている。
男のくせに、なんて悩ましい……綺麗な表情をするのだろう。
そして──この表情を青年にさせているのは、他ならぬ自分なのだ。

「ああ……っ」

気が付くと青年の動きに合わせ、浅ましく自ら腰を動かしてしまっている。
己の上で青年の身体が妖しく滑り、躍る度、硬さを増す男根と共に、身体の中で行き場のない甘美な絶頂への期待が膨らんでいく。

「あ……あっ、いいっ……ジル、い、……あああァッ!」
「アルテュール……ッ、あまり大きな声を出さないで。
外に聞こえてしまいます……!」
「んんんっ……!」

興奮のあまり我を忘れて悦びの声を上げ始めた男の口を慌てて塞ぐと、青年は自らも苦労して腰から這い上がってくる酩酊の気配に抗いながら、更に快楽の高みへと二人の身体を追い上げる。
空いた一方の指が、媚涎で濡れそぼり、今も男の腰の動きに合わせていやらしく入口をひくつかせている秘孔へと、再び吸い込まれる。
複数の指が、同時に遠慮のない動きで生き物のように腹の中を蠢き、男の身体を攻め立てた。

「んんん───!」

扱き、抉られ、解されて──前と後ろと同時に受けた衝撃的な快楽に、ジルの下でリッシュモンの身体が跳ねた。
弄られる悦びにいやらしく収縮する下の口が、己を蹂躙する青年の手に淫蜜の滴を噴き出す。
救いようのない痴態を曝す男の体内を巡る血液が沸騰し、強烈な快楽の稲妻が腰の奥から背筋へと走っていく。
その轟きが体内に響く度、込み上げてくる切迫感。

「アルテュール……ッ、もう──」

絞り出すような声が唇を吐き、青年の眉根の皺が深くなる。と、同時に。

「「──────ッ!」」

言葉にならない男二人の呻き声と共に、青年の掌の中で淫らな二つの肉茎が痙攣し、逐情した。

飛び散った白い飛沫が青年の手を汚し、また伯爵の腹へと降りかかる。ぱっと濃厚な青臭い匂いが部屋の中に広がったのが分かった。
爆発する獣の雄としての喜悦と、腰から頭頂へと突きぬけるような解放感に、身体を重ねあわせた男達が喘ぐ。

「……ハ、ハァ……じ、ジル……」
「まだ……ですよ……アルテュール」
「…………ッ !? 」

息も絶え絶えになりながら、青年に声をかけたリッシュモンの表情が変わる。
ずん、と。下腹部に重い衝撃。そこからじわじわとせり上がってくる甘美な熱。

「おまたせしました……やっと貴方の中に入れましたね」

官能に美貌を染め上げた麗しの騎士が妖しく微笑む。

「う……あ……」

絶頂の余韻に浸る弛緩した男の身体の隙を突いて、青年の逞しい肉の楔が窄まりへと打ち込まれていた。
蕩け寛いだ男の秘所──快楽の湧き出す源泉へと至る媚肉の坑道を目一杯押し広げながら、突き進んでくる。
内臓が裏返るような感覚に、リッシュモンがたまらず呻く。

「んっ…く………」
「……辛いですか?」
「だ、大丈夫……大丈夫だ……から……」

震える言葉よりも先に、男は青年の腰に自ら足を絡める事で己の意志を示した。

「……分かりました」
「ぐっ……」

青年が腰を使い肉の襞を掻き分け、捻るようにして腹の中を抉ってくる。
男の剛直を受け入れようと、恥知らずな粘膜は偽りの愛液を溢れ出させながら、品のない音を立ててそれを呑みこんでいく。
既に何度も無理矢理経験させられたはずなのに、何か違う痛みが胸に刺さるのがリッシュモンには分かった。

「ああ……凄いですね。全部入りましたよ」

最奥を目指してすり寄る腰の動きの後、青年の茂みの感触が肌に触れたのを感じて、男は言葉の意味を理解した。
青年を収めた腹をゆっくりと労わるように優しく撫で上げられると、とうとう自分が自ら望んで年下の騎士の手で雌にされたのだと実感が湧いて、羞恥に思わず掌で顔を隠してしまう。

「ふ……ふ……ははは……」
「アルテュール……?」
「はは……汚いなぁ……私は。
君を……一方的に犯したままでは申し訳ないと……抱かれる事を乞いながら……その実……」
「……動きますよ」

青年は聞かぬふりをして、執務卓の上に組み敷いた男の足を抱え上げる。

「さすがに女性とは重みが違うな……まあ、些細な事ですが」
「ひっ……」

青年の腰が一度、体内からゆるゆると引き戻され、抜けるぎりぎりのところで止められた後──今度は一息に最奥まで貫かれる。

「ああっ!」
「おっと……貴方の声は良く通るのだから……加減して下さいよ、アルテュール。
まあ……こんな状況でなければ、声を出して頂けるのは大変名誉な事なのですが」
「す、すまない……んぐっ」

自らの腕に噛みついて必死に快楽に耐えようとする男に、

「……いけません。
この後の務めに支障が出ます。こちらをお使いください」

青年は己の解いた制服の飾り布を、端正な唇の前にそっと差し出し、含ませる。

「では……これ以上は、私も我慢が効きませんので……ッ」
「…………!」

楔を打ち込む青年の動きが速く、荒々しいものになる。
蹂躙される勢いで、じゅくじゅくと繋がっている部分から溢れ出す淫蜜が泡立ち、肌を伝い落ちるその残滓が、黒檀の机上に主が堕落した印を描いていく。

「ううぅ……」

さらさらと肌をくすぐる長い髪、煩悩に歪ませてもなお美しい顔。一方で、腹に、胸にと零れ落ちてくる汗、獣じみた低い唸り声。
初めて見る青年の顔のあまりの情報量と、ますます高まっていく官能の罪深さに、頭の中が沸騰しそうだった。
男としての矜持や、人間として大切な何かの根本的な部分から覆される罪深い淫悦が身体の中を駆け巡る。
懊悩する思考も、次第に快楽の波の前に押し流され、ただその行き着く果てまで身を任せたいという誘惑に逆らえなくなっていく。

「……アルテュール」
「ふっ……んんんッ……!」

銜えていた布地を取り除かれ、代わりに舌が挿し込まれると、夢中でこれに吸い付く。
呑み込み切れない唾液が肌を伝い零れ落ちていく。身体を貫く力強さ、激しさは更に増していき、男達は互いに肉悦の讃美歌を奏でるのに没頭する。
交合に後ろめたさを感じていた青年も、いつしか男の本能を剥き出しにし、最後の誇りに縋るように、きつく握りしめていた美丈夫の手も、時が経てば捕食者となった青年の背中を掻きむっていた。

低い呻きと荒々しい吐息、生々しい交わりの音だけがしばしその場を支配する。
そして。

「…………ッ!」
「んぐっ……ジル……あっ!」

膨張し続けていた官能が爆発し、まるで脳裏に火花が散るような、極めつけの快楽が二人の意識を真っ白に塗りつぶす。
腹の中が熱いもので満たされるのを感じながら、肉の欲求に完全に屈服した男もまた下肢から白泉を噴き上げ、飛沫が青年の腹へと所有の証とでもばかりに淫蕩な彩りを加えた。

「っは……アルテュール……」

青年の手が、恍惚にその身を震わせ、表情まですっかり緩み蕩け落ちたリッシュモンの額へと伸び、汗に張り付いた金髪を優しくかき上げる。

「……貴方の身体がどんなにこの世の汚泥に塗れようと……貴方の中にある魂の輝きが曇る事は決してない。
貴方の真価を貶める事など、誰にも出来ない。
だから……」

そっと肌へと寄せられた唇が目元に触れる。

「……どうか……泣かないで下さい」
「…………うっ……」

目蓋がきつく閉じられる。その上に降る口付けの雨。
リッシュモンの潤みぼやけていた視界が、今度こそ何も映さなくなった。

■■■

それからというもの──男が求めると、二人は特に気負う事もなく身体を重ねるようになった。

関係自体が特別変化したわけではない。
伯爵は相変わらず領地にいる妻を常に気にかけていたし、騎士は炎に消えた女性の事を思わない日は無かった。
友は友。それ以上でもそれ以下でもない。

ただ、結果として、男の中で何かが吹っ切れたのか、事後は以前より穏やかな睡眠をとる事が出来るようになったという。
精神的には大分安定しているらしい。
たったそれだけの事で友の力になれているのであれば、自分としては何一つ不満はない──むしろこの不思議な関係にジルは妙な心地良さすら感じてもいた。

いっそこのままの日々が続けば良い。
確かに自分はこの年長の友と語り合い、熱を交換する一時に幸せを感じていた──時折、彼が不穏な咳に呼吸を取られたり、記憶の混濁を口にしたりしなければ。

「……これで今出来る仕事は全てかな」

特に約束したわけでもなく、その日も示し合わせたように二人きりになった時間。
今後の事についていくつかの確認をした後、金髪の美丈夫と白髪の貴公子は執務卓を挟んで向かい合っていた。

「ジル……」

椅子に腰掛けたリッシュモンが微笑んで青年の名を呼ぶ──まるで愛しい恋人を呼ぶような甘い声で。
求められた青年が伯爵の傍へ歩み寄り、男へとその両手をゆっくり差し伸べる。

「アルテュール……少し、痩せましたね……」
「ん?そうか?」

指はやや頬骨の浮き始めた顔の輪郭をなぞり落ち──そのまま下へ。
青年の長く力強い指がまるで包み込むような優雅な仕草で、伯爵の首元を押える。

「今から……私が何をしようとしているか……お分かりになりますか?」

やはり美貌の青年は微笑み返しながら、友のするのに任せている男へと問う。

「……ああ。
やはり君は私が見込んだ通りの男だな。言わずとも必ず私の意を読んで動いてくれる」

首にかかる指があきらかにその身に巻きつこうとしていても、伯爵の朗らかな笑みは変わらなかった。

「正直……このところ、毎朝のミサに出席するのも辛かった。
やはり、この歳でこう四六時中盛っていては体力が持たん……若いというのはやはりそれだけで価値があるな」
「……貴方は今でも十分若々しいですよ」
「ははは……見た目な。
でも中身はそうもいかない。
このまま戦場へ出て、途中で馬から落ちたりしたら話にならない。良い恥晒しだ。
ましてや、そのまま敵兵に捕えられて、自分を失ったまま、奴らの好きにされるのは耐えられない」

リッシュモンがそっと、自らの手を青年の掌に重ねる。
祈るような、穏やかな表情で。

「……私の役目はこれで終わりだ。
もはや今の私では、我々の理想を背負う事も……君の夢をかなえる事も出来ない。
むしろ足を引っ張るだけだ。
後は、頼んだぞ」
「アル…………」
「なんだ……今度は君が泣きそうな顔をして。元々そういう約束だ。
私は君に感謝しているのだよ?」

こんな時まで、伯爵の明るい軽口は変わらなかった。
そう、何も変わらない。
本当に、何も変わらなければ良かったのに──

「アルテュール……私は……」
「ああ、一つだけ頼みが。
……妻には……優しくしてやってくれ」
「……ええ、もちろん」
「すまないな……」

友との会話をひとしきり楽しんだ後、男は、静かに瞳を閉じる。
もう、思い残す事など何もない。
満足しきった表情だった。

──これ以上、自分が何か言い募っても。
かえって彼の心を乱すだけだろう。
だったら、今の自分に出来る事はただ一つ──礼をもってこの名将を見送る事だけだ。

青年もまた、覚悟を決めた。

「私を選んだ貴方に、決して恥はかかせません」
「それは実に嬉しい」

──そして。
彼は、まるでこれから仮眠でもとるかのような、気安い調子で──それでいて心からの労いを込めて友に言葉を贈った。

「……では、しばしの暇(いとま)を貰う事にしよう。
ありがとう……ジル。我が生涯、最愛の友よ」
「はい……アルテュール……」
「私は本当に幸せ者だったよ。
だが……」

───この時。

「……願わくばこの目で、君がパリを取り戻す瞬間も見たかったなぁ」

──最期に、彼が見せたこの表情を。
おそらく自分は永遠に忘れる事はないだろう。そう思った。

■■■

──この男が自分の前に現れたのは何時ぶりの事だっただろうか。

「……この度はパリ奪還、おめでとうございます。元帥閣下」
「………………」
「今回の作戦には貴方の要請で陛下も参加されて、陣頭指揮をとっていらしたとか。
おかげで兵の士気も何時になく高く、実に鮮やかな用兵であったと」
「………………」
「貴方が占領地での掠奪を筆頭に傭兵達の無体を徹底的に禁じたおかげで、開城後のパリ市民の評判もすこぶるよろしいと聞きましたが?」
「…………そうか」
「ええ。パリもあの堅牢な城壁に守られていたとはいえ、この長い戦の中で中の市民達は疲弊しきっていましたからね。
救いの手を差し伸べる貴方の姿は、それはそれは眩しく映った事でしょう」
「……『あの人』なら、もっと上手くやっていた」
「そうかもしれません。
ですが、仮定の話をしていても仕方がない。今のフランス元帥は『貴方』なのだから」

男はとりわけ強調して言った。

教皇庁の使者に一抹の情でも求めてしまった自分が愚かだという事か。
元帥と呼ばれた国王の信頼も厚いその貴族の男は、己に対して嘆息する。
あくまでも慇懃な態度を崩さない使者の男を一瞥すると、視線を再び抱えていた仕事の方へと戻す。

「貴方が約定を違えなければ、今後も我々は支援を惜しみません。
いずれ、イングランドはローマを裏切る。
何としてもフランスには勝ってもらわなければ」
「……ああ、分かっている」
「では、我々の力が必要になった時はまた、お呼び下さい」

使者が去りまた一人きりになると、『彼』は誰に聞かせるわけでもなく呟く。

「……私が愛する者はみな、私を置いて逝ってしまう」

あの温かった日々も、随分遠くなってしまった。
かつて師であり代父である男は言っていた。
百年もすれば慣れる、と。

「百年か……ようするに人としては一生、慣れそうにないな」

ただ、この痛みを感じなくなった時。
自分は本当に人ではなくなってしまうのだろう。だったら、この疼く傷は抱えたままでいい。
痛みに耐えているうちは、彼も、彼女も忘れずに──彼等が愛してくれた自分でいられる。

「……まだ私は終われない。
貴方達の見たかったものを、代わりに見届けなければならないのだから」

男は執務の手を止めて、執務卓をそっと撫でる。
二人で居た頃から変わらない、幾つもの夢を描いたその机上を。

「さあ……次はどうしましょうか?アルテュール」

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