帰り着く場所(23)
かつて、〈救国の聖女〉と、あるいは〈破滅を運ぶ魔女〉と呼ばれた少女がいた。
主が望まれるままに生み出され、示されるままに学び、導かれるままに戦場へ立ち──役目を果たして炎に消える。
それが歴史の中で彼女に与えられた尊い使命であり、また抗えども逃れ難い宿命でもあった。
偉大なる父の御心は絶対であり、主の忠実なる被造物である彼女は、粛々とこれを受け入れ、天の思惑と人々の理想に殉ずるはずだった。
だが。
神の意志を運ぶ者でありながら、あくまでも人として人の世界に生を受けた彼女は知ってしまったのだ。
造物主への信仰とは別に、迷い、揺らぎそうになる心の支えとなる気持ちを。
使命の成就と同じかそれ以上の喜びをもたらしてくれる、温かな手の存在を。
ゆえに、彼女は終幕の炎に包まれながら祈った。
それは彼女が己の為に捧げる、最初で最期の切なる願い。
いつわりなき、魂の叫び。
そして──その強い想いは宇宙の采配を動かし、ついにここへ奇跡を起こした。
──あの人の腕の中に帰りたい。
彼女の願いは、そのまま彼の願いへと通ずる。
──もう一度、この手で彼女を抱き締めたい。
願いを叶えるのに必要だったのは、自分に正直になる勇気だけ。
長い祈りの果て。お互いの心を偽り、遮るものは全て消えた。
二人が胸の内に湧き上がる衝動を抑える理由も、想いを遂げる事を咎める者もどこにもない。
今はただ、この至福の時の中、互いの全てでもってありあまる愛を交わし続けよう──
■■■
「まあ……まるでいつか見たベルサイユの宮殿のようですね……なんて綺麗……」
人工の星々が瞬く夜のベイエリアをひとしきり散策した後、今宵の宿をとったホテルに到着すると、ジャンヌはその優雅なエントランスに目を見張り、更に瞳を輝かせた。
空間を彩る和と洋が絶妙に合わさった上品な調度の数々。柔らかな照明に照らされた目の前の景色にうっとりとしている少女は、ごく年相応の可愛らしさに溢れている。
聖女としての慈愛と、古の女神のごとき強さと情熱が華奢な身体で同居する奇跡のような女性──騎士であり続けた青年にとって生涯最愛の人。
──やはり、手放す事など出来るはずもなかった。
歴史を感じさせる古風なタイルが敷き詰められた大階段で無邪気に喜ぶ少女を見守るジルは、すっかり元の落ち着きを取り戻していたが、その胸の内に抱く感慨は深いものがあり、再び取り戻した一人の男としての感情にやや戸惑いも覚えていた。
身体の深い部分からじわじわと染み出してくるような疼き──それはちょうど、ジャンヌと出会ったばかりの頃を思い出させるような、忘れかけていた青臭くも根源的なもの。
──まったく、盛りのついた小僧じゃあるまいし。戦場の聖職者が聞いて呆れる至らなさだな。
少女のちょっとした表情や仕草にも反応してしまう己が身に苦笑しつつも、ジルの横顔には付き物が落ちたような清々しさがあった。
たまには馬鹿に徹してみるのも悪くはあるまい。
聖女らしからぬ貪欲さで新たな生を謳歌している少女の背中を追いながら、青年は彼女の導きに改めて感謝するのだった。
時に冷静な分析よりも、直感が全てを覆す事もある。
少女の存在はまさにその象徴ではないか。
少し、思考を巡らす癖を止めてみよう。ただ、今はこの想いに正直でいる事が心地良い。
「ジル……早く早く!」
愛しい姫君が呼んでいる。
──ともあれ、まずはジャンヌの腹ごしらえを済ませてからだ。
■■■
港の見える公園の前に位置する老舗ホテルのレストランで、そこが発祥であるというドリアとプリン・ア・ラ・モードというごく庶民染みたメニューにジルの姫君は舌鼓を打つ。
この港町の迎賓館として機能している由緒あるホテルには、本格的なフレンチのコースが味わえる展望レストランなどもあったのだが、気取った食事よりも自分のペースで気持ちよくお腹を一杯に出来る食事を希望したジャンヌの意向に、ジルは粛々と従った。
もとより、この時代の人間が美食の典型として愛するフランス料理はジル達の時代には存在しなかったものである。
テーブルマナーも中世のそれとは全くと言ってよいほど違いがあるし、その豪奢な世界は決して懐かしさを感じさせるものではない。
イタリアの洗練された食文化が普及する以前の食卓を知る人間からしてみれば、この時代の料理はレトルトパウチされたインスタント食品でも十分旨い。
その証拠に、今日のジャンヌはかつてからは考えられないほど食欲旺盛だ。
今もベシャメルソースの滑らかさに幸福を感じた後は、ガラスの器に盛られたフルーツの鮮やかさに心奪われている。
何とも可愛らしい。
ジルの口元に自然と笑みが零れる。
そんな意地汚いほど食事に夢中になっている己を見守りつつ、対面で微笑みながらゆったりとコーヒーの香りを楽しんでいる自らの騎士の様子に気が付くと、ジャンヌはさすがに申し訳なさそうな顔をして手元を止めた。
「ジル……今日一日、私ばかり食べていますけど……貴方は何も口にしていないではありませんか。
なんだか私、いたたまれなくて……ひょっとして、本当は体調が優れなかったりするのではありませんか」
「いえ。どうぞお気になさらずに。そのまま召し上がって下さい、ジャンヌ。
腹が膨らまずとも、本来少食の貴女がそうして美味しそうに食事をしているのを見ているだけで、私の心は満たされますから。
それに──」
スプーンを持ったまま、頬を赤らめている少女の耳元に唇を寄せると、青年は甘く囁く。
「──私はこれから貴女の全てを味あわせて頂くのですから、余計なものは口にしたくないのです。
今夜は余すところなく貴女を愛し尽くしたい」
これまでの騎士らしからぬ艶めいた言葉に、少女の顔がますます赤くなる。
「……もう。貴方と言う人は。
こんな素敵なホテルを予約しておいて、あのまま私を突き放していたら、どうするつもりだったんですか」
「このホテルを手配してくれたのは、知人の好意によるものだったのですが……まさか貴女を夜の街に置き去りにするわけにはいきませんから、貴女を部屋に通してから、私はバーにでも篭る予定でした」
「……そんなこと、絶対許しませんから」
「そうですね。私は随分と貴女を甘く見ていたようです。
貴女によって生かされてきた私です。離れられるわけがなかった。
正直、今こうしている間も貴方が欲しくて仕方がないのです」
熱っぽい視線が少女を真正面から捕えている。
少女もまた、その視線からあえて逃れようとは思わなかった。
「──聖騎士などと呼ばれてはおりますが、実際のところ、今も私は教会から破門されたままの身です。
敬虔なる聖女の心を奪った男が、祭壇の前で貴女の手を取り、永遠の愛を誓う事を、主は決して赦しはしないでしょう。
それでも……私は貴女を神の下へは返したくない」
己と契りを交わすという事は、すなわちキリストから祝福されない花嫁になるという事だ。
世界の輪から外れ、移ろいゆく人々の営みに恋い焦がれながら、ひっそりと歴史を見守る影法師として生きていく。
自らが少女に与えたいと思っていた世界とは全く逆の生き方である。
ただ、自分は知ってしまった。理性では割り切れない、魂が訴える本当の気持ちを。
切とした光を帯びるジルの瞳と向き合いながら、少女は全てを包み込む笑みで青年の心を受け止めた。
「もともとそのためにこの世界に出戻ってきてしまったのですもの。全て覚悟の上ですわ。
むしろ貴方の下に居られないとなると、困ってしまいます。
それに、私は世界について色々な事を知り過ぎました。
普通の女の子として生きる方がずっと難しいんですよ」
今の自分にとってはジルが全てなのだと、少女──ジャンヌは軽やかに言い切った。
「〈神様〉には他にも出来のいい子供達が沢山いらっしゃいますから。
放蕩娘が一人いなくなったところで、支障はないでしょうし。それに意外と、私が貴方と一緒になるのを面白がっているかもしれませんよ?」
かつての使命や他者の視線など、もう関係のないことだ。
これからは、自らの意志で幸せを勝ち取っていけばいい。
少女の蒼い瞳はただ、明日だけを見つめている。
「別に〈神様〉に誓いを立てる必要はないのではありませんか?
私も聖女は卒業ですから。
貴方と私ですもの。お互いに誠実であれば、きっと大丈夫ですよ」
──本当にこの女性には敵わない。
彼女を一つ知る度に、ジルの心も身体も少女へと吸い寄せられていく。
どうしようもないほどの多幸感に支配された脳内で、言い訳じみた理性や罪悪感など、思考の彼方へ消えつつあった。
「わかりました。
ジャンヌ……貴方のこれからの時間の全てを私に下さい」
「ええ、喜んで……」
ここに確かに契約は交わされた。卓上で静かに重ねられた掌が温かい。
「ランスの夜の──続きをしましょう」
■■■
夜の帳が降りた街。
その片隅で、念願果した一組の男女の影が重なり合っている。
過去も未来も、あらゆる体裁も全て脱ぎ捨てた二人は、ただ互いの存在だけを求めて愛を言祝ぎ合う。
寄り添う姿は、一見、微笑ましいほど若く幼く見える二人が、果たしてどれだけの想いを込めてその温もりを確かめ合っているのか。
傍から窺がう者には知る由もないが、ただ誰の目から見ても間違いないのは、肌を添わせる二人が今途方も無く幸福で満ち足りた時を過ごしているであろう、という事だった。
「ジル……ジル……」
艶やかに濡れた桜色の唇から譫言のように繰り返される呟き。
身体を染め上げていく未知の感覚に怯える少女の、あるいは本能からくる悦びに打ち震える女が奏でる、甘い音色。
熱を帯びた吐息に交じって、己を求める声が耳朶を打つ度、青年もまた自らの芯が昂ぶっていくのを感じていた。
「……ジャンヌ」
少女に応える彼の声は熱に浮かされ、込み上げる想いに低く掠れている。
愛しさに衝き動かされ、啄ばむような口付けを額に、瞼に、胸元にと降らせた後、再び少女の唇を深く塞いだ。
互いの呼吸と熱を奪うように絡めあう舌。飲み干せずに零れ落ちる唾液の滴が顎を伝う様が艶めかしい。
官能に酔い、堪えられず鼻へと抜ける可愛らしい声に、青年──ジルもまた目を細め、思考が融解するような感覚を味わう。
滑らかな肌に指を這わせ、弱い部分を探る度、華奢でありながらも一方で秘められた母性を十二分に感じさせる豊かさを持つ稀有な肢体は、感じたままに素直な反応を示し、ジルの手に馴染んでいく。
色づいていた蕾が徐々に綻び、花開いていく瞬間。
冒し難い清らかさと神秘に守られてきた少女が、己を受け入れたいと欲し、今、成熟した女性へと変わろうとしている。そしてこの少女にとってただ一度の大切な時を、自らの手で成し得ようとしているという事実に、ジルの内から感動と興奮がない交ぜになった感情が吹き出し、全身を巡り彼を燃え上がらせる。
それはもう、自分には二度と与えられないと思っていた資格。
一度、提供された機会を素気無く蹴ってしまった男だというのに、少女は再び与えられた無垢な身体を、今度こそジルに受け取って欲しいと望んだのだ。
これほど男にとって誇らしい事はあるだろうか。
ましてやあれほど穢れに塗れた自分である。
それすら知った上で、彼女はジルを求めた。
「ジル……」
ゆるく波打つ淡い色の髪が、少女の動きを追って揺れる度、間接照明の柔らかな光にしっとりとした輝きを放つ。
白いシーツの上には、今や少女の全てがさらけ出されている。
目の前に横たえられた裸身は瑞々しく、既に上気し始めているそれは、愛らしい声色と共に、柔らかな芳香を放ち、男を誘惑する。
「あ、ジル……はっ……あぁ……」
若々しく張りのある乳房をやんわりと揉み解しながら胸の頂きを指の腹で優しく撫でてやると、嫌々をするように、ジャンヌが頭を振り、腰を揺らめかせた。
ジャンヌは胸が感じやすい。触れているうちに彼女が特に感じやすい部分は理解し始めている。
その豊かな胸を撫で上げてやると、ジルの掌の中でたちまちそこは媚びるようにつんと尖り、刺激が欲しいとねだり始めた。
期待に応えて、触れるか触れないかの微妙な具合で突起に触れる度、蒼い瞳は悦楽に潤み、少女の喉から甘い鳴き声が上がる。
柔らかい女の身体。その母性の象徴のような豊かな胸にジルは夢中になる。
掌で乳房全体を包み込みながら、唇で先端を食んだ。
「ふぁあああっ……!」
温かい舌で舐め上げられた後、強く吸われる。
胸から電流のように疾る刺激にジャンヌが声を上げ、仰け反った。
「ああっ……や、んッ……」
抗議するように少女の手がジルの頭を掴むが、胸元への意地悪な攻めは止まらない。
胸の先端から刺激が奔る度、これに呼応するように下腹部が疼き、下肢の中心から何か熱いものが滲み出してくるのが感じられ、わけが分からないままジャンヌはその身を震わせる。
のぞき見ると、愛しい人の唇でいやらしい音すら立てて吸われる突起が痛い程勃ち上がっていて、そのぷっくりと膨れたはしたない形に、己が身の浅ましさを垣間見て泣きそうになった。
「……い…や……ぁ……あ」
これまで自分が保ってきたものが崩れ落ちてしまいそうな恐ろしさに、理性と言葉は行為を止めようと訴えるけれど、本能はもっと深みに溺れたいと、いっそ全てを壊して欲しいと、男を求めて身体をより卑しく火照らせる。
実際、シーツに深く刻まれていく皺と、焦点の定まらない視線は、彼女の身体の中が、どれだけ熱く蕩けつつあるかを、如実に語っていた。
己の身体に戸惑いながらも、そこかしこから滲み出す男への情欲と女としての渇望の影。無意識に誘い媚びる一つ一つの仕草。
凛々しい甲冑姿も、無邪気な笑顔も知るジルだからこそ、その光景はたまらなく背徳的でありながら魅力的で、無防備な少女への保護欲、そして支配欲が脳裏で火花を散らし、思考が真っ白に塗りつぶされる。
ただ男としての身体だけが、少女の得る快感を己の愉悦と変えて、無心に働き続ける。
かつて、これほど感情に衝き動かされるまま行動した事があっただろうか。
──彼女が欲しい。
──彼女が欲しい。
──彼女が欲しい。
──彼女に、己を刻み付けたい。
ただ、その一点だけを求めて。
ジルの指も、唇も、その身の全てが彼女を昇らせてゆく。
他にはもう何も考えたくはない。
──ああ、肌を重ねる事が、これほど心地良いものだとは。
その行為は、これまでのジルにとって、強いられて行うものだった。
それは貴族としての義務であり、また吸血鬼として覚醒してからは食事の為、あるいは相手を操る為、止む無くしてきた事だった。
なのに、今はどうだろう。
全身全霊が歓喜に溢れて蔑んできた行為に没入している。
今のジルは純粋にただ一人の女の愛を乞う雄だった。
そんな哀れで無様な己が騎士の姿を、生前、己を傷つけ辱めた『男』という性を、少女は決して否定しなかった。
これまで青年自身、うんざりするほど見せつけられて、その性に心底失望し、憐み、忌避し続けてきたはずだった。
だが、彼女が求めてくれるなら、受け入れてくれるなら、そんな安っぽい男でも別にいい、そう思えた。
相変わらず、胸への愛撫を続けながら、一方で器用な長い指先が焦らすように脇腹から鳩尾をなぞり、少女の秘所へとたどり着く。
「…………!」
そっと触れただけで、ジャンヌの身体が強張るのが分かった。
指先でも明らかに感じられる、熱を帯びているそこ。ふっくらとした形を確かめるように指で優しく撫でると、花弁の間から芳醇な蜜が溢れ落ち、ジルの指先に絡む。
「ああ……」
少女の唇から漏れる吐息は、もはや隠しようもないほど快楽への期待が滲み出している。
無意識のうちにジルの手の動きに合わせるように、自らの腰を浮き上がら、摺り寄せる。
心も身体も相手に許しきった素直な反応が、実に好ましい。
気を良くした青年は、まだ慎ましく閉じたままの花弁を解すように、少女の最奥へと通じる場所へと指先を託し込む。熱い粘膜から湧き出した蜜を掻き出しながら、それを敏感な花芯へと指の腹で塗り込めた。
「……っ!あッ!」
堪えられず、ジャンヌが甘い声で啼く。
官能の源泉とも言うべき場所を指先で転がすように優しくも容赦なく弄ばれ、ますます己の恥部が濡れそぼり、身体の奥が切なくなるような焦燥感を覚える。
こうして身体が新たな性の悦びに目覚めつつある間も、乳房はくすぐったいような痛いような、奇妙な疼きに苛まれ、その感覚がやがて「気持ちいい」ものだと理解が追い付くにつれ、爆発的に得られる快感を増していた。
「ひぅっ……ふぁ……んんっ……」
性感帯としてこれ以上ないほど忠実かつ鋭敏に機能し始めた胸がすっかり悦びに満ちてしまうと、そこを中心に全身へと快楽の波が伝播してゆき、腰の奥からは愉悦の蜜が伝い落ち、寛ぎつつある花弁から溢れかえさせた。
指先で巧みに官能を呼び起こされている花芯は、刺激を与えられる度、脳髄まで痺れるような解放への欲求を生じさせ、甘美な衝動が魅力的な裸身を妖しくくねらせる。
汗ばみ淡く色付いた全身からは男を狂わせる芳香が立ち昇り、恍惚とした表情を浮かべながら、薄く開いた唇は浅い呼吸を繰り返す。粗相をしたように秘所を濡らし、物欲しげにひくつかせている姿は、紛れもない。瑞々しくも生々しい、『女』そのものだった。
「ああ……ジル、もう……っ」
とても恥ずかしいのに、媚びるような声が抑えられない。
いっそもっと我を忘れてしまうほど辱めて欲しいとすら思ってしまう。青年に相応しい貞淑な女性でありたいのに、メスである悦びにもっと深く浸りたいというこの矛盾。
罪深い昂ぶりに少女の思考は焼き切れてしまいそうだった。
「ああああああ……ッ!」
全身を弓なりに反らせ、ジャンヌが身悶える。
二点からの刺激が頂点に達し、脳髄を快楽の稲妻が奔り抜けた。同時に、少女の下肢の中心から熱いものが噴き出し、狂おしい興奮と悦楽とを齎した指先を伝い、ベッドの上に小さな染みを作る。
「はっ……あ……あァ……」
身体の中心を、何かが弾けた。
我が身に何が起こったのか理解出来ぬまま、全身を震わせながら、少女は快楽の余韻に身を浸らせる。
その表情は、愛しい人に見つめられているという事も忘れてしまったかのように、放心し、うっとりと蕩け落ちている。
一体、私はどうしてしまったのだろう。
自らをそれまで戒めていた枷が一息に外された感覚。絶大な解放感を得た身体は、未知の領域に放り込まれながらも不思議な安堵に包まれていた。
それは少し、〈神様〉に抱かれているのにも似た──
「──ジャンヌ」
どこか嬉しそうな顔で愛する人が己の痴態を見つめている。それすら何だか幸せで。
かつてはあれほど苦しまされた性であったはずなのに。
大切な人にこんな表情をさせられる自分が、今はとても誇らしく思える。
──ああ、これで良かったんだ。何も隠すものなど、恥じ入る必要などなかった。
──愛する人に抱かれるという事は、こんなにも素晴らしい体験だったのか。
「ジル……」
心地良い脱力感と共に、痛みの記憶が溶けていく。
青年に微笑み返す少女の瞳から、知らず温かい涙が零れ落ちていた。