──壊してやりたい。穢してやりたい。
 その魂の輝きは途方も無く尊く、自分の目には眩しすぎて、掲げる志はこの手に抱くには熱過ぎるから。いつまでも傍らにおけるように、誰にも奪われないように──

 ──神の園へと羽ばたく翼はもいでしまおう。
 ──遥か未来を望む慧眼は潰してしまおう。

 深い深い闇の底。
 絶望という鍵で封じた鳥籠の中で。
 ほら、もう彼には何もない。
 私以外には何もない。
 だからもう終わりにしましょう。
 さあ誇り高い君よ、夜の帳が降りたなら、また私の為に啼いておくれ。

 

Monstre sacre

 

本来は牢の主である囚人の為に用意されたであろう、簡素な机に軽く腰掛け、若い神父はうっとりとした様子でその光景を眺めていた。端正な唇からは喘ぎにも似た熱い溜息が漏れる。

 その視線の先では粗野な作業着姿の男達が、いい加減月が高く上った今もなお、下肢に詰まった欲望を吐き出す行為に没頭していた。
 彼等が下卑た笑い声を響かせる度、汚物にまみれて腐臭を上げる床の上では、白い裸身がのたうち、抑えた苦鳴が笑い声の間に交じった。
 およそ聖職者の前でするような所業ではないのだが、男達を罪に走らせたのは他ならぬ神父自身であったから、犠牲者にとっては地獄もかくやという暴虐の宴を止めようとするものは、悲しいかな、この場には一人として存在しなかった。

「………………!」

 暴行の末、何度目かの絶頂に、宴の生贄は弓形に背を仰け反らせ、頭を激しく石畳に擦り付ける。汗で紅潮した頬に纏わりついた数条を残して、ばらけた長い髪が宙に舞った。

「……っ!……っ!!……くっ……ぁあああああっ!」

 堪え切れなくなったのか、擦れながらも耳に心地いいあの艶やかな声が、端正な唇からついて出た。

「ああ、ようやく降参しましたか。今日はまた長かったですねぇ」

 その哀れな様子に気を良くしたのか、まるで祝福するかのように、罪の意識と快楽の狭間で身悶えする裸身に白濁の流れが降り注ぐ。
 荒い息を吐く身体はただされるがままに男の精で汚されていく。深い湖、あるいは大海を思わせる蒼い瞳から静かに零れる涙は、生理的な理由からだけではあるまい。
 傷つけられる矜持の為か、それとも自らと同じ境遇にあった今は亡き少女を思ってか。何にしろ──

 ──まだ、失っていないのか。
 ──まだ、諦めていないのか。

 何故、こうも苦痛ばかりを選びたがるのだろう。少し行く道を考え直せば、今のこの地獄すら、貴方にとって天国に変わるというのに。

「本当に強情な方ですね。
 それとも貴方、被虐趣味でもお持ちなんですか?だったらそれはそれでとても楽しいですけれど……」

 跪いた神父が覗き込んだ美貌の持ち主──屈強な男達に代わる代わる嬲られ続けていた囚人は、うら若い乙女ではなく──それ以上に神父を惹きつけてやまない騎士の青年だった。

 

「それにしてもまぁ……堪りませんね」
 
 神父の口元が楽しげに弧を描き、端麗な面は、あの見る者を薄ら寒い気分にさせる不吉な笑みを浮かび上がらせた。
 
 改めて近くで見ると、虜になった彼の有様は実に酷いものだった。
 たった今も重ねてぶちまけられたばかりであったが、その全身は頭頂部から爪先まで、肌という肌に人の穢れが纏わり付いており、べったりと重く滴る卑しい蜜に、かつては稀有な輝きを誇った髪も、半ば固められたように胸元に張り付いている。

 昏い愉悦の的となったのは、当然造物主の情熱を垣間見る見事な黄金率で構成された白皙の美貌も例外ではない。むしろ嫉妬からか積極的に汚された節があった。粘つく白濁は最早まともな視界を得るのすら困難にさせていたが、それでも長い睫毛の奥に収まる瞳は、驚くべき事にいまだ理知の光を宿している。
 
 心あるものなら目を背けずにはいられない、また同時に一目見たら魅入られてしまいかねない、相反する要素を危うい均衡の中で融合した、おぞましくも妖しい姿だった。
 
 知らず、神父の朱唇を舌が一撫でする。異端の僧侶の不穏な視線を感じてか、朦朧とした意識の下、宙を彷徨っていた碧い瞳がやおら力を持って焦点を結ぶと、挑むように鋭さを増した。

「………………」
「可愛らしい方だ。
 そんな目で見られても、私はかえってそそられてしまう性質なのですよ?」
「……っ……」

 邪悪な笑みを浮かべたまま、神父は側にいた男を立たせると、代わりに痩身を割り込ませ、無理矢理青年の足を開かせる。無遠慮な指が、飽くことのない罪過の発露から散々に弄ばれた部分へと伸び、濡れた音を立てながら、そこを踊るようにして分け入ってきた。

「これは凄い……ふふ、まるでぬかるみだ。一体どこまで入ってしまうのでしょうね?」

 怒りと屈辱を煽る神父の言葉と指使いに、青年は辛そうに柳眉を歪ませながらも、歯を食いしばって耐えている。何も言わないのは、悪戯に抵抗しても神父を悦ばせるだけだと承知しているからだ。

 しかし、二人を囲む今夜の客人達は、青年が黙っているのを良しとして、彼に向けて相変わらず好色な視線を送りながら嘲笑った。

「こんな綺麗な顔をして……騎士殿はとんだあばずれでさぁ、神父様」
「素振りはつれないもんだが、へへ、いざとなりゃ咥え込んではなしやしねぇ。よっぽど好き者なんだな」
「しかし具合はすこぶるつきにいい。わざわざ戦場なんざに出なくてもこれだけで食っていけるんじゃないかい?」

 青年の身体がかたかたと小刻みに震えている。耳元まで朱に染めていたはずの横顔は、内を渦巻いているであろう度の過ぎた激情に、青白く変わっている。
 それでも気丈な虜囚の騎士は、やや瞳を潤ませながらも、決して自分を辱める現実から目を逸らそうとしなかった。

「ええ、よく存じていますよ」

 だが、神父にとって、その健気な様子は、憐憫の情をそそるものであろうはずもない。

「──だって彼を最初に味わったのは私なのですから」

 いっそ誇らしげに言い放つと、元より慣らす必要などなかったそこへ、とうに昂ぶっていた己の肉の牙を衝き立てた。